ナオヤニウム。

精神科看護師が、日々思ったことをつらつらと書きます。

気づき:世界は病院と家だけではない、ということ。

どーもなおやんです。

 

最近、新人看護師の宿命なのか、とても辛くて泣いてしまいました。それも思いっきり。

詳しいことはお話しできませんけども。

 

いきなりカミングアウトすみません。笑笑

 

そこで色々あって上司から外に出てみな、と気分転換を促されて、散歩してみました。

今日は多摩川のそばへ。

 

家に一歩出てみると、下校中の子どもさんやお年寄り、ママチャリの女性や怪しい格好(?)の人まで様々います。

今日の東京はいい天気でした。半袖でも暑いくらいでしたが。

土手の上に立つと、風が気持ちよくて。

サイクリストはたくさんいるし、鳥も飛んでるし、草木はボーボーだったけど、自然はあるし、工事現場のおっちゃんは仕事頑張ってるしで。

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なんだか最近の悩みが少し小さくなったような。

 

ここ2週間くらいを振り返ると、ほとんど病院と家の往復のみで、何もかもを溜め込みすぎていました。

自分のストレスにも気づかず、ただ進むのみで。

疲れていたんだと思います。

 

自分は一人暮らしですから、

出勤日は働き、家に帰れば洗い物や洗濯。

休みの日は勉強、そして炊事。

勉強よりもむしろ休息が多かったかもしれねい。

それでも休息が足りなかった。

 

外の世界に出てみれば、思ったよりもそれは広くて。

「自分の生活の場は、職場と自宅だけではない」

生活は内向きになりがちだけど

内を大切にしながらも、自ら進んで外に出ていかないと。

 

そう気づきました。

 

「一年目はもっと勉強しろよ、休む暇なんてない」と言う人もいるかもですが、

それはすみませんです。改めます。

 

少しはリフレッシュできたんで、

また明日から頑張れたらいいな、なんて思いました。

 

同じように悩んでる一年目看護師に届け。

 

 

なおやんでした。

私が看護師になるまで その4

どーもなおやんです。

(5月1日から新アカウント移行しました。)

しばらく放置していたこの記事、そろそろ続きを書きます。

 

前回の記事↓↓

naoyanium.hatenablog.com

 

前回は、

「まだ、看護師になるか決断できなかったが、

 転職エージェントさんのひと押しで

 看護師になることを決断できた。」

まで書きました。

決断してから

そこからは、

色んな友人や転職エージェントさん、

公的就職支援センターのカウンセラーさんにも看護への熱意を伝え、

20ページ以上にもおよぶPowerPointの資料を作って見せて、

「い、いいんじゃないかな……」とドン引きされましたね(笑)

 

自分の重い決断は極めて慎重ですが

一度軸が定まると、マジでフットワーク軽いですね。

 

バイト先にも頭を下げて、

病院にも、看護助手をやらせてくださいと話を通し、

2016年から看護助手として採用されました。

受験生として

まず受験先は、

「絶対に専門看護師を取る」と息巻いていたので

専門学校や准看学校は考えていませんでした。

 

大学院に行くためには学部を出なければならない。

ならば、絶対に学部を出てやる。と。

 

社会人入試にも挑戦しました。

その道では有名な千葉大学や、

新潟大学など国公立をメインに。

 

しかし、社会人入試の枠は非常に狭く

自分よりも看護への情熱が高く、賢い人が集まりました。

結局、どこの学校も受からなかった。

 

でも、社会人入試に毎年落ちていたら、

いつまで経っても看護師にはなれない。

 

どうせ、看護の基礎知識として

高校の理系科目(生物、化学)は問われるのだから、

社会人枠は受かったらラッキー、くらいに考えた。

 

そこで、一般の高校生と同じように、

センター試験で合格することを目指しました。

 

早朝も昼休憩も仕事後も移動中の電車の中もずっと勉強して

職場や友人にも迷惑をかけました。

看護助手として

一方で、全くの別分野から入った看護の世界は

当たり前ですが厳しいものでした。

 

決して、理想だけではやっていけない現実も痛感しましたが

あのとき、看護助手の経験をしておいて、本当によかった。

 

看護学生になってから、

「あの時、患者さんはこんな訴えをしていたから、ここが観察ポイントなんだ」

と、疾患の理解を手助けしてくれたり、

 

「患者さんにこんな対応をしたけど、倫理的に間違っていたな」

と、今では顔から火を噴くほど恥ずかしい話もあったりしました。

 

だけど、たくさんの人に、看護の厳しさだけでなく

面白さ、やりがいも教えていただきました。

 

患者さんが表出なさった、病気の苦しみや辛さは

何事にも代えがたい貴重なSデータだと思っています。

もう一度、振り返り

ここまで偉そうに自分のことを語ってきましたが、

今までにどんな経験があろうとも、看護師として新人は新人だし

すごくもなんともありません。

もっと努力なさっている方もいると思います。

 

記事執筆時点で入職から1ヶ月が経ちましたが、

あのとき、看護師になる決断をして本当によかった。

毎日疲れていたり、夢の中で嫌なヤツに悪口を言われたりもしましたが(笑)、

今は、けっこう楽しいです。

将来

精神CNSになりたい!を当面の目標としてきましたが

まだまだ駆け出して、今は様々な技術、知識を吸収する時期です。

目の前の業務、やるべきことをこなすこいとが重要です。

 

自分自身、色んな知識(情報)を集めたがる性格なので、

この先、何に興味を持ち、どんな看護職になるかわかりません。

 

10年20年後、

CNSになりたければそれでもいいし

内科や外科、小児とかも経験してジェネラリストでもいいし

臨床を離れて教育や研究でもいいし、

そもそも看護師ではない、怪しいオヂサンになっているかもしれません(笑)。

 

本当に幅広い領域をカバーしているのが、看護師のいいところですね。

 

だから、自分にできることは何でもやってみて

看護師としての経験を積み上げていきたいですね。

最後に

ここまでお読みくださってありがとうございました。

新人精神科看護師の隔週報 2022年4月第3週・4週

どーもなおやんです。

記事をざっと書いていきます。

4月18日〜24日

業務に少しずつ慣れていき、この患者さんのバイタルを測定したい、など自ら先輩看護師に報告し、業務を行えるようになった。

バイタルも、前回よりは割と上手く測れるようになってきた。

進歩したと思う点は、申し送りや患者さんの普段の状態から、バイタル測定時に何を聞いたらいいのかを考え、患者さんに聞くことができるようになったこと。

例えばこの患者さんは○日排便がないから、腹部を聴診しないといけないな。腹部膨満感や嘔気嘔吐はあるだろうか。訴えを聞いてみようかな。

この患者さんは微熱だけども、直接肌で触れて熱感はあるだろうか。暑い、寒気がするなどの主観的な訴えはあるだろうか。それも聞いてみようかな。

と、ただ測るだけでなく次の展開を考えることができた。

 

一方で、失敗も少しずつ増えた。

例えば拘束指示の患者さんを訪問したところ、衣服が乱れ拘束が一部外れていたことに気づくことができなかった。

自分がその状態を第一発見したにも関わらずだ。

この原因は、

  • なぜこの患者さんが拘束であるのか、その理由や経過を自分がキチンと理解できていなかったこと
  • 患者さんの正しい/異常な状態を見抜けなかったこと
  • 自分自身が違和感を持ちつつも、報告の優先度を上げられなかったこと

などが考えられる。

それ以後、少しでも違和感を持ったら、多少のことでも報告するよう心がけている。

なぜの視点を大切にしなければならないと感じた。

4月25日〜30日

この流れを継いで書くが、やはり患者さんを「もう一歩踏み込んで」知ることができていなかったと思う。

患者さんの顔とお名前は覚えた。そして○時にこの処置をする。

この処置はXXを準備する。次にXXも一緒にやるからこれも準備しておこう。

○時になったら記録して帰る。

それは理解できた。

 

しかし、

なぜこの患者さんはこのケアをしているのか。そもそもの疾患は。

この患者さんの看護問題は。

統合失調症とは。国試レベル以上に理解できているのか。

この患者さんが点滴をしている根拠は。

この患者さんはなぜ、薬が変更になったのか。それに伴ってどんな観察が必要なのか。

患者さんのことを全然理解していなかった。

 

看護は、疾患が特定されてADL、認知機能など現状を評価し、看護問題を立てて実践するものだ。

末端のケアはすぐにできる。でもそれは枝葉を知っているだけで、患者さん全体を見ているわけではない。

もっと根本のところから理解しないと、正しいケアを提供することができない。

自分の勉強不足を感じた。

 

とは言うものの、4月全体を振り返ってみれば、

自分の体調管理を行い、ひとまず出勤日は毎日元気に、病棟で仕事をすることで精一杯だった。

自分でも限界があるってもんだ。

 

7月には慣らし夜勤を始め、8月にはいち看護師として業務を回してもらうというお達しも来た。

もちろん、その時点での自分のスキルレベルもあるだろうし、たった3ヶ月でできることには限界があるだろう。

でも、こんな自分の教育にきちんと向き合ってもらったり、予定よりも夜勤入りを早めるという判断をされたりした以上、もらった期待には全力で応えたい。

自分はクソ真面目だから、そういう義理は果たしたいのだ。

 

5月からはもっと本気出して看護に向き合いたいと感じた。

次2週の目標

  • 患者さんの疾患などをキチンと理解し、なぜこのケアをするのか考えを深める。流れ作業にしない。
  • まだ知らない業務に少しずつ慣れる。
  • 看護技術の予習・復習を行い、習熟に努める。

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以上です。

ここまでお読みくださって、ありがとうございました。

新人精神科看護師の隔週報 2022年4月第1週・2週

どーもなおやん(@naoyanium)です。

今週から2週に1回くらいのペースで、精神科看護師として働く中での所感、疑問、学んだことなどアウトプットしていきたいと思います。

突然の思いつきなので、いつまで続くかわかりませんが(笑)

4月1日〜10日

入職。職場の人含め、色んな人から「おめでとう」と言われた。

この歳(35歳)になっておめでとうと言われるのは、だいたい結婚した時とか、何かの賞を取った時くらいだと思う。

「人から『おめでとう』と言われる体験」を大事にしたい。

 

研修では、人権意識を高めること(みだりに拘束しない、高齢者・障害者虐待防止法など)に加え、やむを得ず拘束する場合の3要件(非代替性、一時性、切迫性)など、諸々を学んだ。

研修の中で体幹と四肢抑制を「される」側の体験をしてみたが、「これは研修だ」とわかっていても、何にも耐え難い屈辱のようなものを感じた。

すぐにこの拘束を力で振りほどきたいというか、とにかく嫌な気持ち。

精神的に興奮状態でない時でさえ嫌な思いをするのだから、無理に拘束される場合はなおさら嫌な思いをするのではないか。

本当に拘束が必要なのか慎重に判断すべきと感じたとともに、以前、簡単に拘束を提案していた看護師を思い出し、あれは最悪の対応だったのだと理解した。

 

CVPPPの話は強く興味を持った。精神科だけでなく、他科含め全病院に導入すればいいのに。

 

病棟に初めて顔出しの挨拶に行くと、先輩の皆さんが快く迎えてくださった。

すると、自分が「看護をやりたい」という熱い思いを胸に、看護助手として初めて病棟に立った日のことを思い出した。

あの頃は看護助手として検体を運んだり、患者さんを検査にお連れしたりしていたが、今度はそれらを含むすべての行為が「有資格者」として為さねばならないと考えると、看護師という職種の責任感を覚えずにはいられなかった。

4月11日〜4月17日

前週は家に帰ってから一日の行動を振り返って、こんな業務の流れなんだとか、何を観察すると良いのかなどを書き出していた。

が、初週からぶっ飛ばしすぎて少し疲れてしまい、プリセプターからの助言もあって、この週は頑張りすぎることを積極的に避けた。

根詰めてバーンアウトすることだけは避けたい。

 

しかし、前週に少し頑張ったおかげで何時に何をするのか、どんな準備が必要なのかが少しずつわかってきた。

ベッドサイドに行ってバイタルを測る経験を少しずつ積むことができた。

が、学生のお遊びみたいにやっていたシミュレーションとは異なり、教科書や国試対策の体験や知識だけでは対応できないことも多かった。

例えば、手首で測る血圧計は、やせ細った患者さんではエラーが出る場合がある。

体温を測るのだって、上肢に筋拘縮があって可動できず、腋窩に挟むことが困難な場合、正確に測ることができない。

1回目で40℃の熱があって、すぐ測り直したら39℃だったら?

教科書や参考書は飽くまで標準的・理想的な手順を示しているだけであって、臨床では患者さんの個別の状態にあわせて柔軟に対応することを学んだ。

 

当院の精神CNSさんにも話を聞くことができた。

佇まいや話し方から、その内容に至るまで全てが研ぎ澄まされていた感じがして、安直な表現だが「オーラ」を感じた。

「看護を目指したときから、精神CNSになりたいという目標を持っていた」という話をしたが、最終的に目の前の業務をしっかりこなそうという結論に落ち着いた。

その結論に完全に同意だ。自分としても、目の前の業務を確実にこなすことが、今最も重要なことだと思う。

当初は精神CNSを目標としたが、実際に業務を行う中で、自身の興味関心が変わっていくのは当然のことだ。万物は流転する。

5年後もCNSを目指しているのだろうか。1年後すら、自分が何をしたいのか、看護職としてどう在りたいのか全く予想がつかない。

自分がどう変化していくのか、進歩なのか、はたまた衰退なのか。

一つ一つの体験を刻みつけながら、看護に向き合っていきたいと感じた。

次2週の目標

  • 出勤日は、休みなく、また疲れを少なくして確実に出勤する。
  • 頑張りすぎることを積極的に避ける。
  • 休みの日はしっかり休む。好きなことをして過ごす。
  • 余裕あれば少しずつ勉強する。

 

以上。

私が看護師になるまで その3

どーもなおやん(@naoyanium)です。

「私が看護師になるまで」シリーズ、展開していきます。

おさらい

前回の記事↓↓

naoyanium.hatenablog.com

前回は、

「転職を試みて色んな失敗をしているうち、

 友人の助言で医療を目指すようになった。」

までお話いたしました。

 

今回は、その続きです。

検討

それからは、

医療だけでなく保健福祉心理も含めて

どんな職業になりたいかを検討しました。

医師、看護師、産業保健師臨床心理士精神保健福祉士、その他諸々。

 

この頃は、メンタルヘルス関連に引っ張られていましたが、

最終的に、

  • 職業への門戸が広い。
  • 患者さんの「辛い」気持ちに、多面的に関わることができる
  • 患者さんご本人だけでなく、家族にも関わることができる

の3点から、看護師という職業を選択しました。

 

特に、精神科(メンタルヘルス)への関心も強かったので、

どうせやるなら精神専門看護師を取りたい。

とも考えました。

調査

看護師は3Kである、

とおぼろげながら知っていたので

多面的に看護師という職業を調べるようにしました。

  • 根も葉もない悪評(ただの匿名の不満や悪口も含まれた)、
  • 看護のやりがい、
  • 看護のキツイところ。
  • 進学にどれくらいお金がかかるのか。
  • 30歳を越えてちゃんと就職できるのか。
  • どんなキャリアプランが描けるのか。
  • 何歳まで働けるのか。

全て調べきったわけではありませんが、

生涯やっていく仕事を選択する立場上

ほんとうによく調べました。

 

「看護師になるには」みたいな本とか

県のナースセンターで質問したりとか

その他色々、見たり聞いたり。

親の友人を通じて、現役看護師にインタビューしたりとか。

 

自分は、決断には相当慎重ですね。

最後の迷い

でも、それでもまだ迷いがあった。

ほんとうに自分は看護師になりたいのか、

自分が看護師になりたい理由はおかしいのではないか、と。

 

ある日、民間企業の転職エージェントさんに

「色々調べたんですけど、

 看護師になろうか、まだ迷ってます。

 貿易事務とか、通訳とか、

 企画職とか、営業とか、

 大住はそういうのが向いてる、

 って適職診断は言うんですけど、

 どう思いますか?」

と相談したら、

「大住さんは、好奇心旺盛な人なんですね。

 そうすると、色々職業を提案されても、

 本当にやりたい気持ちがないと、

 大住さんの場合、

 多分続かないと思うんですよね。」

「だとしたら、

 "自分が本当にやりたい看護師にトライして、やり切ったと満足する4年"

 と、

 "本当にやりたいと思わない営業とかをやったあと、消化不良だったと感じる4年"

 と、どっちがいいと思いますか?」

「私は、大住さんの看護師の志望動機はブレていないと思います。」

と言われて、頭をぶっ叩かれたような気持ちになりました。

「適職診断が自分に合っているって言うから」の消極的な理由ではなく

自ら進んで看護の道に行ったほうが、納得できる決断になるのではないか。

そう感じました。

 

今でもこの方には感謝しています。
(近々、自分からお手紙を書く予定です。)

回顧

振り返ってみると、

看護に進む決断は間違っていなかった、と

胸を張って、大声で言えます。

 

もちろん、理想だけは語れない厳しい現実も少なくなかった。

現在、そして未来にわたっても

嫌だなと思うことがあるでしょう。

 

それを踏まえても、看護はほんとうに楽しいと感じています。

人に背中を押してもらえてよかった。

一人では決めることができなかっただろうから。

 

だから自分は、

対人支援職の方々にはほんとうに感謝しているし

その経験があったからこそ、

自分が支援されるだけに留まらず、人を支援し、

対象者が、より良い方向に進む手助けをしたいと考えています。

最後に

終わりが見えてきましたが

まだ続きを書いています。

 

どこまで続く?!

次回、乞うご期待。

 

ここまでお読みくださって、ありがとうございました。

私が看護師になるまで その2

はじめに

どーもなおやん(@naoyanium)です。

前回の記事の続きです。

(明日書く。と言っておきながら日にちが空いてしまった。ごめんなさい。)

↓前回の記事↓

naoyanium.hatenablog.com

前回の続き

前回、私は中学生の頃に入院を繰り返していた、

とお伝えしました。

 

入院してたころは、

暇で暇で仕方なく、病棟を毎日歩き回っていて

ナースステーションで、看護師さんに遊んでもらったこともありました(笑)

 

この頃には、医療職への憧れがありました。

医者になりたいとか言ってましたね。

 

でも、医者は頭良くないとなることができない。

看護師を含むコメディカルも、頭が良くないと。

 

特にネックになったのは、

手術の後遺症か、

理系科目で問題が読みにくかったこと。

x^2(xの2乗)などの次数がとても読みにくかったので

そもそも勉強ができなかった。

専門学校に入るくらいまでは、

その状態が続いていました。

 

医療職は人の命を預かる大事な職種。

「字が読めませんでした」は一切通用しない、ということを

思春期ながらに感じていました。

 

そして、最初に就職する頃には、

いつしか医療職への憧れが薄れていました。

最初の就職後

就職後はITの道をひたすらに歩んでいました。

 

が、とある現場に配属になってからは状況が一変。

長時間労働がいくらか続いたこともあって

張り詰めていた糸がプツンと切れてしまいました。

 

この体験は、産業保健(特にメンタルヘルスへの

興味のきっかけになったかもしれません。

長時間労働をこの世から無くしたいと。

 

これから自分が本当にしたいことを考えるために、

ITから離れました。

自分探し

仕事を一度辞めてからは、

色々なことに挑戦しましたね。

今までの経験を活かしながらバイトして、

その傍らで、

ガムシャラに、行政職公務員の勉強を続けたこともありました。

 

でも、どれもこれも上手くいかなかった。

3年頑張ったけど、

何の芽も出ず途方に暮れました。

この時期は精神的に辛かった。

とある友人のアドバイス

ある日飲みに出たとき、

再受験して医学科に入り直した友人から

「自分が医学科に入り直してから、

 今までニートだった自分の弟が、看護を目指すようになった。

 弟は、いま、輝きを取り戻している。

 大住くんも、そろそろ切り替えてみたらどうか。」

と言われて、

自分の中に持っていた、医療職への憧れが一気に蘇りました。

迷いを吹き飛ばす一言でしたね。

おわりに

長くなってしまったので

このへんで一旦区切りにします。

 

次の記事をお待ち下さい。

 

ここまでお読みくださってありがとうございました。

生きること、それは他人に感謝するということ。

どーもなおやん(@naoyanium)です。

いつもご覧いただきありがとうございます。

最近

引っ越しがだいたい片付いて

今は国試の結果待ち。

特に何もやることなく、

暇の髄を尽くしている感じですね。

 

何もやらないのは、

引っ越しが予想以上にお金がかかり、

当面の間、出費を抑えなければならないからです。

 

だから、食費を抑えるのはもちろん

交通費、電車やバスに乗るのだって

「それって今必要?」「往復40分くらいなら歩けるよね?」

と考えてから行動しています。

 

その辺の草を食べるようなことは、今の所避けられている。

豪華な食事ではないけれど、

そこそこ満足できる程度の食事ができることに

とても感謝しています。

人に感謝するということ

SEをやっていた頃は、色々と絶望し

他人なんかいなくても一人で生きていける。

と息巻いていました。

 

でも、一人で生きるなんてできなかった。

 

この歳になって思うのは、

自分は、周囲からとても支えられているということ。

 

看護師・保健師的な「共助」の概念を学んだこともあり

他人同士は確かに冷たいけれど、

結局、この世は助け合いだと考えるようになりました。

 

たとえば、今こうしてご飯を食べられているのも

両親のおかげです。

決して、立派な人間ではありませんが、

罪を犯すこともなく、そこそこに暮らしています。

 

30歳を越えて看護を目指したいと言って、

その願いを叶えてくれたのも、

大学の先生方のおかげ。

 

辛く、苦しい時期に支えてくださった方々も、

たくさんいらっしゃいます。

 

だからこそ、

お世話になった方々に対しては、誠実でありたい。

そう考えています。

最後に

今日も、「いただきます」に感謝を込めて。

(「ごちそうさま」も忘れずに。)

 

ここまでお読みくださって、ありがとうございました。